「年賀状」(林真理子)

これはまるでホラーと呼んでもいいくらい

「年賀状」(林真理子)
(「日本文学100年の名作第9巻」)
 新潮文庫

男としての自分の魅力に
自信を持っている葛西には、
一つの苦渋の思い出があった。
つい手を出してしまった同僚・
香織と別れるのに
手こずったのだ。
香織から届く年賀状に
ひやりとする葛西。
それから三年目となる年賀状が
届くが…。

恐ろしい、恐ろしい。年賀状一枚で
家庭の平和が破壊されるとは。
不倫の代償とはいえ恐ろしすぎます。
これはまるで
ホラーと呼んでもいいくらいです。

【主要登場人物】
葛西
…好男子ではないが女たらし。会社員。
美佐子
…葛西の妻。資産家の娘だったが
 家族の反対を押し切り結婚。
 2人の子との4人家族。
田村香織
…葛西の不倫相手の一人。
 別れたが吹っ切れていない。
若狭今日子
…葛西の同僚。次の不倫相手として
 葛西に迫られる。香織の友人。

問題の年賀状、一年目の文面には、
「昨年はいろいろなことがあり
 退職いたしました。
 その節はいろいろ
 ご迷惑をおかけし、
 申しわけございませんでした。
 またいつかおめにかかれるのを
 楽しみにしております。
 奥さまによろしく」

二年目のそれは、
「まだ自分の生き方がわからず、
 ぐずぐずと家にいます。
 今年こそ明るく羽ばたいていける
 年にしたいと思っています。
 どうぞよろしく」

ここまでは葛西の心を
チクリと刺す程度だったのですが、
三年目に届いたそれは…、
葛西の心臓をひと突きしたのみならず、
葛西の家庭の平和を粉みじんにする
くらいの破壊力を持っていたのです。
ぜひ読んで確かめてください。

さて、本作品は読み手に強烈な印象を
残す傑作短篇でありながら、
一つの「時代性」を内包した
小説でもあります。
主人公・葛西の描かれ方です。

一つは「悪人」という葛西の人物像です。
妻・美佐子に対し、
「ひと目惚れした葛西が、
押し切ってやっと手に入れた女」
「大きな戦利品」という表現が
並んでいることから、
そこにしっかりとした愛情など
存在していないのは確かです。
だから簡単に不倫もできるのでしょう。
香織や今日子に対しても同様です。
自分の欲求を満たすためだけの
相手としか考えていません。
その結果、作品自体が「勧善懲悪的」な
色彩を帯びているのです。

それと同時に、
そうした「肉食系男子」が現代では
絶滅危惧種であるということです。
仕事の面でも恋愛の面でも、
現代は若者の「強引さ」が
通用する時代ではなくなったように
思えます。
かつては「凄腕」と評価されたものは、
現代ではトラブルの元凶でしか
ありません。

文学作品は、
現代に引き寄せて読むのではなく、
その時代背景に即して
読み込まなくてはなりません。
そうした意味でも本作品は
昭和の影響が色濃く残る
「前期平成」の時代の作品として
味わうべきなのでしょう。
本作品の発表は1997年(平成9年)。
わずか四半世紀に過ぎませんが、
時代は大きく移り変わりました。

(2022.1.13)

愚木混株 Cdd20によるPixabayからの画像
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